第四期生(2015年)三谷悠人

2015年9月2日(水)

今日の工場では梱包や研磨の作業をした。最後の日だったが、特別な作業は無かった。
梱包の作業員の方々とはだんだんと仲良くなった。なんとなくだが、話している内容は理解できる。中国語ができるようになったというわけではなく、雰囲気や空気でわかるようになった。
工場で8日間働いたり、中国で過ごしてわかったのは中国と日本の「働く」ということの違いだ。
日本では働いている人は普段とは別人の感覚で仕事に徹することが美徳とされている。
中国では全く違い、働いているのはその人であって、普段通りの感覚のように思えた。だから、バスで客と言い合いをしたり、話しながら作業ができる。
日本で働いている間、楽しそうにしている人は珍しいが、中国人はほとんどの人が楽しそうに働いているように見える。
日本で中国のようには働けないと思うが、自分が働く時はできるだけ楽しもうと思う。

2015年9月1日(火)

今日は部品の研磨の作業をひたすらやった。
1日を費やして並べてある部品を一つ一つ研磨する作業はかなり首や腕が疲れる。
作業をしていると芳賀さんに「3.4日は休みで」と言われた。あと1日しか工場に来ないかと思うと寂しい。
ホテルではバスタオルの交換をフロントで頼んだ。英語で頼むと全く理解して貰えず、結局自分で交換しに行った。
あと数日しか中国に居ないがフロントで使う中国語くらいは覚えて日本に帰ろうと思う。

2015年8月31日(月)

今日の作業は塗膜をつけ終わった部品を箱にしまう梱包だった。
作業員の方が部品をしまうのを手伝う共同作業をした。中国語が話せないのが意思の疎通が出来た。自分で考えて大体、次は何をするかわかった。だんだん工場で働くことに馴れて来たのだと思う。
梱包に使う紙が無くなった時、作業員の方が中国語で何か言ってきた。おそらく「あっちにいる人に「没有(メイヨウ)」と言え」と言えと言っているのだとわかった。「没有!」と言うとすぐに紙を持ってきてくれた。
中国語の文法や発音は全くわからないが、ほんの僅かに中国語を理解する勘が身についた。もっと作業員の方々とコミュニケーションを取りたい。

2015年8月28日(金)

今日は塗装が終わった部品を出荷できる状態にするためにマスキング用のテープやボルトを外す作業をした。
女性作業員の皆さんと作業を進めていた。中国語は相変わらず聞き取れないし、理解できないが、雰囲気で今どんな会話をしているかがわかってきた。
作業員の皆さんの顔を覚えてきて、どんな関係性なのかも大体わかってきた。工場の中は凄く居心地がいい。昼食を食べ終わった後、食堂の外に猫が居たので、昼食に出た骨をあげた。

2015年8月27日(木)

今日の作業は返品されて来た部品を研磨する作業をした。返品されて来た部品にはゴミが入った影響で1mmに満たないくらいの突起がある。それを見つけて、ヤスリで削るのだが、見つけるのが大変難しく、注意して部品を見る必要がある。肉眼で確認できるギリギリほどの小さい突起があるだけで返品されてくる部品もある。検品作業はどれだけ厳しく、細かくしているのか気になった。
夜は薮田社長、芳賀さん、秦野さん、中国語のシン先生と会食をした。中国語の授業で習った通りに注文をすると、店員さんが優しかったので簡単に注文出来た。大きなビルの中にある店で小籠包や餃子など日本で食べるよりも美味しかった。

2015年8月26日(水)

今日の作業は日本人だけの作業だったので、中国の作業員の方と関わることが少なかった。
部品にヤスリをかけ、表面をざらざにして塗料を付着しやすくするための作業をしていると薮田社長が来て「それは何の部品だろうね」聞かれた。そんなことは考えずただ作業をしていた。確かに何の部品だろうか。検討も付かない。
ヤスリがけをしていると、ふと、このヤスリを作っている工場もあるんだなと思った。考えてみると生活している中で使うものはほとんど全てと言っていいほど工場が関わっている。多くの人達が働く結果、自分達の豊かな生活が成り立っていると気付いた。このヤスリがけをしている部品も誰かの生活の役に立っているのだろう。
中国語の授業で数字とお金の単位を教えてもらったおかげで、店員の言う値段が聞き取れるようになった。だんだん中国の生活にも馴れて来た。残りの日にちで出来る限り、中国という国を知って行きたい。

2015年8月25日(火)

今日は機械で研磨した後の部品をスポンジで磨く作業をした。
作業中周りの作業員の方達が話しかけてくれた。しかし私は全く中国語を勉強せずに上海に来てしまったので、応えることが出来ず、終始苦笑いをしていた。すると男の作業員の方が私に向かってジェスチャーをしてきた。どうやら「耳は聞こえるのか」と質問されているらしい。私の唯一のコミュニケーション方法の苦笑いもマスクに阻まれて無反応に見えてしまったらしい。
昼食の時間には若い女性作業員の方が箸やスープを用意してくれた。「謝謝」が言えてよかった。
休憩の時間にボーッとしていたら、その女性作業員の方が水を飲むように誘導してくれた。水筒を持っていなかった私にスープの容器を渡してくれ、飲み水が出るところまで連れて行ってくれた。私は間違えて熱湯を出し、「熱っ!」と反射的に発した。女性作業員の方は心配そうに話しかけてくれたが、また私は苦笑いしか出来なかった。
もっと中国語を勉強していれば、周りの作業員の方々の質問に応えることが出来たのにと後悔した。しかし、言葉が全く通じない中で働くというのは凄く貴重な体験だからいいかと考えるようにしようと思う。

2015年8月24日(月)

今日は初めて上海真鶴塗装工場で働かせてもらった。1時間半ほどの短い作業だったがその間に驚いたことがある。
それは中国では「話をしながら仕事をすることが当たり前」であるということだ。
日本の工場で製品を箱に詰めるアルバイトをしたことがあるが、その時は「仕事中の私語の禁止は当たり前」だった。
もう一つ驚いたことがある。今朝、工場に行く途中でバスが渋滞により立ち往生する事態となった。動かないバスの中で客と同等の立場でバスの運転手、従業員が口論をしていた。「お客様は神様」という考えがある日本では考えられない状況だった。
今日の体験で中国と日本では「働く」ということの考え方そのものに大きな差があるように思えた。その差を残りの期間で少しでも感じ、「働く」ということを自分なりに考えて行きたい。